不登校で勉強しないと将来困る?元教員が考える「本当に必要な勉強」

中学生と保護者が家庭の机で学びについて考える記事のアイキャッチ

私は長く教員として働いてきました。

以前、生徒たちに「なぜ勉強するのか」と聞かれたとき、よく次のように話していました。

勉強とは、将来さまざまな問題にぶつかったとき、それを自分で考え、解決していくための練習なのだ、と。

数学の問題を解く。文章を読んで考える。覚えた知識を使って答えを導き出す。

そうした経験を積み重ねることで、社会に出てから課題を乗り越える力が身につく。

Kon

この考え方自体は、今でも間違っていないと思っています。

しかし、長く教員を続け、特別支援学校で生徒たちを教えるようになってから、私は少し違うことも考えるようになりました。

「学校で教えている勉強は、本当にすべての子どもに同じように必要なのだろうか」と。

目次

特別支援学校で気づいた「学ぶ意味」

木工作業に取り組む生徒を教員が見守るイメージ
作業学習のイメージ(生成画像)

知的障害のある生徒たちの場合、中学校や高校で学ぶような難しい方程式や科学の原理を、卒業後の生活で使う機会はほとんどありません。

その代わり、特別支援学校高等部では「作業学習」が大きな位置を占めています。

例えば木工班では、木材を加工してベンチや机、プランターなどを作ります。

窯業班では、粘土を練り、形を整え、皿や茶碗などの製品を作ります。

しかし、そこで学んでいるのは、単なる木工や陶芸の技術ではありません

時間いっぱい仕事を続けること。

手順を守ること。

丁寧に、正確に作業すること。

分からないことを人に聞くこと。

仲間と協力すること。

失敗しても、もう一度取り組むこと。

そして、自分の仕事に責任を持つこと。

つまり、作業学習を通して「働くとはどういうことなのか」を学んでいるのです。

さらに、自分たちが作った製品を保護者や地域の方に販売し、「ありがとう」「大切に使います」と言ってもらう経験もあります。

自分の仕事によって誰かが喜んでくれる、自分も社会の役に立つことができる

これは、教科書だけではなかなか学ぶことのできない、とても大切な学びです。

こうした力を身につけ、卒業後に一般企業へ就職し、社会の中でしっかり働いている生徒もたくさんいます。

Kon

私はその姿を見ながら、「学校で本当に必要な学びとは何なのだろう」と考えるようになりました。

高度な学問は必要だ。しかし、全員に同じ量が必要なのか

もちろん、方程式も、電磁誘導も、歴史も、文学も重要です。

それらの知識を深く学ぶ人がいるからこそ、科学技術が発展し、医療が進歩し、社会が豊かになります。

大学へ進み、専門的な学問を学び、その分野の最前線で活躍する人にとって、中学校や高校で学ぶ基礎知識は欠かせません。

私が疑問に思うのは、そこではありません。

「すべての中学生が、同じ内容を、同じ時間数、同じように学ぶ必要があるのだろうか」ということです。

社会に出た人の多くは、研究者や専門家になるわけではありません。

会社員になったり、製造業で働いたり、販売や介護、運送、建設、サービス業など、さまざまな仕事に就きます。

そのとき、本当に必要になる力は何でしょうか。

  • 毎日決められた時間に仕事へ行く。
  • 地道に仕事を続ける。
  • 丁寧に作業する。
  • 周囲の人と協力する。
  • 嫌なことがあっても感情だけで仕事を投げ出さない。
  • 分からないことを調べる。
  • 困ったら人に相談する。

そうした力の重要性は、決して教科の知識に劣るものではありません。

むしろ多くの人にとって、社会に出てから長く必要になるのはこちらの力ではないかと私は思っています。

「生活するための知識」をもっと教えてもいい

親子が家計のノートと電卓を前に話し合うイメージ
暮らしに役立つ知識を学ぶイメージ(生成画像)

もう一つ、中学校でもっと学んでもよいと思うものがあります。

それは「生活するための知識」です。

例えば、お金についてです。

  • 銀行とは何か。
  • 利子とは何か。
  • クレジットカードやローンとは何か。
  • 保険はなぜ必要なのか。
  • 税金や社会保険はどのような仕組みなのか。
  • 投資にはどのようなリスクがあるのか。
  • 住宅を買うとはどういうことなのか。
  • 相続とは何なのか。

こうした知識は、大人になると誰もが必要になります。

Kon

ところが、多くの人は学校を卒業してから、必要に迫られて初めて勉強します。

内容としては、ファイナンシャルプランナー3級で扱う基礎的な知識に近いものです。

私は、こうした知識こそ、中学生のうちから少しずつ触れておいてもよいのではないかと思っています。

また、インターネットやSNS、生成AIとの付き合い方も同じです。

「簡単に稼げる」 「これをやれば人生が変わる」 「誰でもすぐ成功できる」

ネット上には、そうした言葉があふれています。

しかし現実の生活は、多くの場合もっと地味です。

  • 毎日働く。
  • 少しずつお金を貯める。
  • 身の丈に合った生活をする。
  • 必要なときには人に助けてもらう。

派手ではありませんが、そうした生活を続けられる力こそ、社会で生きていくための土台ではないでしょうか。

必要になったときに学び直せばいい

「でも、中学校で社会や理科をしっかり勉強しなければ、大人になって困るのではないか」

そう考える人もいるでしょう。

もちろん、中学校時代に勉強しておくに越したことはありません。

ただ、私は「その時期に覚えなかったら一生身につかない」とは思っていません。

大人になってからでも、必要になれば学ぶことはできます

本を読むこともできます。

動画を見ることもできます。

インターネットで調べることもできます。

今なら生成AIに質問しながら学ぶこともできます。

実際、私自身も学校の授業だけですべての知識を身につけたわけではありません。

大人になってから本を読み、テレビを見て、調べながら覚えたことがたくさんあります。

ファイナンシャルプランナー3級の資格を取ったのも、私は58歳になってからでした。

Kon

必要だと思ったときに勉強を始めても、決して遅くありません。

まとめ|中学校の成績が人生を決めるわけではない

図書館のそばの緑道を保護者と中学生が歩くイメージ
学び直しの機会を考えるイメージ(生成画像)

中学校の成績が悪かったからといって、人生が決まるわけではありません。

学校の授業についていけなかったからといって、その後の人生が致命的に不利になるわけでもありません。

まして、不登校になり、一時期学校の授業を十分に受けられなかったからといって、「もう取り返せない」と考える必要はありません。

必要な勉強は、必要になったときに学び直すことができます。

大切なのは、学校で何点取ったかだけではありません。

働くこと。

人と協力すること。

自分で生活すること。

分からないことを調べること。

必要になったら学び直すこと。

そして、自分の力で一歩ずつ人生をつくっていくこと。

Kon

私は長く教員をしてきて、むしろそうした力こそが、人が社会の中で生きていくための土台になるのではないかと考えるようになりました。

中学校の勉強は大切です。

しかし、中学校の勉強が人生のすべてではありません。

学校でうまくいかなかったとしても、人生には何度でも学び直す機会があります。

そのことを、特に学校の勉強で苦しんでいる中学生や、その保護者の方には知っておいてほしいと思います。

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